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2008年4月

桃源郷へは行けたり行けなかったりする

うちの近所であっても普段用の無い方向にはなかなか足が向かないもので、たまに出会うそんな取りこぼしていた場所が天候や時間帯の巡り会わせによって驚くほどの絶景に、絵の中の別世界を見ているように新鮮でキラキラとした感慨を呼び起こすことがあります。
駅とは反対の方面に出かけた帰り道、バス通りではなく住宅の間を縫うより細い道を辿ってみました。まだ使われているにしては日に褪せた、しかし見捨てられたにしては錆もなく商品見本が真っ直ぐに並んだ、全品が110円の自動販売機。新築の小綺麗な家の2階ベランダ部分に目的が良く判らない仮設の排気ダクト。マンホール作業で換気に使われているような奴が謎めいていて色々と詮索したくなります。開店していない時は存在にすら気づかないような畳屋。でもおじいさんがシャキシャキと働いている様子は何だかとても景気が良さそう。春の午後の明るい日差しがまんべんなく世界に降り注ぎ、人の中の動物的本能をくすぐって、世界を見る視線に既にそこはかとない幸福感が含まれていることは認めざるを得ますまい。認めまいでか。くすぐったい幸福感がにわかに「風流」を求め胡乱な日本語を使ってみたくなるほどです。
歩いて来た道に30度ほどの角度で交わる小路を発見しました。新興住宅地や区画整理された土地に慣れてしまっているので、この微妙な角度は、何と呼んだものやら、昔の記録映画やセピア色の写真の風景を強く連想させるような。という訳で30度進行方向を替え小路を辿ります。道はさらに狭く家々の塀が両側から聳え立つのですが、ところどころは生垣であったり空き地であったりして、圧迫感というよりは寧ろ快適に包み込まれる感覚です。そして何より、とある民家の庭から生える巨大な木。大きいのです。4階建てのビルくらいあるそれは付近の民家の背丈をぐんと突き抜けそれだけで小さな林に来たような感覚を味わえます。道は百メートルも行かないうちに見知った通りに突き当たって終わります。木漏れ日の差す緑のトンネル、通りたいと思い焦がれつつ日々に流されて果たせずにいること。少しだけその渇望を満たしてくれた通りは、春の午後の日差しが照らす限り、振り返ってもちゃんとそこに存在するのでした。

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